F1のセナが逝った。
セナのレースをTVで熱心に見たのは、東京で塾の講師をしていた頃だった。もう二十代半ばだったが、周囲には学生アルバイトも多く、モラトリアムの気分に浸っていたように思う。
あの頃のセナは圧倒的に速く、レースへの集中力も群を抜いていた。将来への展望もあいまいだったその時の自分は、深夜のTV画面で、弾丸のように走るアイルトンに見入っていた。
ブラジルの英雄セナの国葬の後しばらくして、哲学者廣松渉の死亡記事を新聞に見つけた。廣松渉は今春、六十歳で東大を定年退官したばかりである。
廣松さんを初めて見たのは、学生時代、あるシンポジウムの席だった。不敵な笑みを浮かべて、悠然と会場を見回す廣松さんの迫力ある姿を忘れられない。
会社に就職して仕事に追われだした頃、雑誌から切り抜いた廣松さんの写真を部屋の壁にはって、読書に励んでいた時期もあった。
廣松渉は日本人ばなれしたスケールの発想と思索力の持ち主で、たぶんカントやヘーゲルに匹敵するような仕事をした人なのだと思う。ライフワークだった『存在と意味』はついに未完となった。闘病中の昨年末に出版した第二巻の前書きに、その完成を祈って書かれた言葉が今は悲痛に響く。
「望むらく寧日よあれ!」
自分のかつてのヒーローも次々に逝ってしまう。けれど彼らの精神(スピリット)のかけらなりとも受け継ぎたい、というのが今の自分の願いである。
※先日、某高校で事務の仕事をしていた当時を思い出す出来事があった。それで、当時の新聞部員から寄稿を頼まれて書いたこの記事を思い出した。今年は僕も、廣松の亡くなった年齢になる。スピリットの欠片を持ち続けることはできただろうか。