大井川通信

大井川あたりの事ども

『ワニくんのレインコート』 みやざきひろかず 1989 

【オンラインビブリオバトル プレゼン原稿】  

皆さん、お元気ですか。僕は、運悪く一か月近く入院していて、先週ようやく退院したばかりのところです。一時は、相当悪くなって、半ばもうふだんの生活には戻れないという覚悟をしたくらいでした。ただ病気をしてみないと、なかなか日ごろの何気ない生活や健康のありがたさに気づくことができないな、とあらためて実感しました。

病院食を食べ続けていると、もっとギトギトしたものが欲しくなります。ある夜、テレビをつけていたら、バラエティー番組でスシローと王将の特番をやっていて、無性に食べたくなりました。ああ、食べたい、食べたい、と思って、退院したその日に、ムナカタのスシローに飛び込みました。いざ食べてみるともちろん美味しいのですが、「いつものスシロー」で、それ以上でもそれ以下でもありません。僕はあれほどあこがれていた気持ちを失って、がっかりしてしまいました。そして結局、王将には行きませんでした。

今日ご紹介する本の主人公ワニくんも、雨について、僕と同じような経験をしています。ワニくんは、こんな姿をしています。顔が長くて、足が大きいのですが、かわいいでしょ。絵本の主人公にワニがなることはあまりないと思いますが、この「みやざきひろかず」さんのワニくんは、30年書き継がれた人気シリーズ(約10作)となっています。実は、ビブリオバトルの連絡を受けたときは、まだ退院前だったのですが、「雨」というお題でこの本を思いついたので、申し込むことにしました。

タイトルは、「ワニくんのレインコート」。

ワニくん、レインコートをきていますね。ちなみに、ワニくんのふだんの姿は、こんのかんじです。

ワニくん、親からこの新しいレインコートを買ってもらいました。そうすると子供ですから、みなさんも経験があるでしょうが、雨の中を着て歩きたくてしようがない。ところが、何が起きるか。これは定番(おきまり)ですが、いつまでも雨が降らないわけです。天気予報で雨の降りそうな地方や山に出かけても、そこも晴天ばかり。

ワニクン雨へのあこがれは強くなる一方です。そしてその憧れが頂点に達した時に、とうとう待ちに待った雨がやってきます。

ワニくんは、どんなに喜んだことでしょう。その時の、喜びのワニくんの姿をおみせします。ところが、喜びは長くは続きません。雨はやがてやんでしまいます。さて、その時、ワニくんは、どんな風に考えるか。

僕は、スシローを食べて、スシローへの憧れの気持ちを失って、がっかりしてしまったのですが、ワニくんには、そんなことはありません。

だれもが憧れの気持ちをもつと思います。しかし、肝心なのは、その憧れが満たされたあとのことだと思います。

あこがれが満たされたあとに、いったいどういうふうに振るまったら、より楽しく生きられるのか、その答えが、この絵本の最後のページに、見事に美しく描かれています。

どうか皆さん、この絵本を実際に手に取って、その最後のページ(コマ)を体験してみてください。

作者のみやざきひろかずさんは、やさしい絵柄とストーリーですが、とくに人間の夢や憧れをテーマにすると、どんな哲学者の思索よりも深く繊細な作品を描く人です。大傑作である『チョコレートを食べた魚』も読み継がれています。ぜひ、この作者にも注目してください。