大井川通信

大井川あたりの事ども

「食い尽くし系」を自覚する

ネットを見ていたら、「食い尽くし系」という言葉に出会った。初めて聞く言葉だが、字面からどういう意味合いで使っているのかはだいたい想像できた。調べてみると、ネットスラングの一つとして、近頃注目を浴びているもののようだ。

家族や友人同士の食事で、大皿の料理を他の人の取り分を無視して一人で食べ尽くしてしまう。各人に分けた料理やお弁当でも、相手の分の料理を欲しがる。冷蔵庫に保存してある料理やお菓子を勝手にたべてしまう。注意しても、このぐらいのことで怒られるのは心外だというふうに罪の意識がない。だから止まらない。

これは、僕のことじゃないかと思う。他人の弁当にはさすがに手を出さないが、家の中では、子どもの分まで食べてしまったり、冷蔵庫の取り置きを勝手に食べてしまったりして、妻に怒られることがある。それを繰り返しても、たいして悪い事とは思っていないところまで図星だ。

これは昔ながらの「食いしん坊」(食い意地の張っている人)の特徴ではないか。ネットでは、それが現代の人間関係の病理みたいに扱われていることに違和感をもった。ただしこの件で迷惑を受けていると多くの人が感じているからこそ、特定の「症例」を示す言葉として発明されて、それへの対処法がまことしやかに語られているのだろう。

今では、「食い尽くし系」が恋愛関係や友人関係の解消の原因になることすらあるらしい。僕もこの「病識」を甘く見てはいけないと、ちょっと冷汗がでる。

ただしこの言葉の背景に、価値観の確実な変動があるのはまちがいないだろう。かつては飲み会の席などで、酒のつよい人間が一人で「飲み尽くす」なんてことは日常茶飯事で、それでも会費は均等で、だれも疑問に思わなかった。酒の弱い僕は料理を多めに食べるしかなかったが、割り勘負けをし続けてきたのだ。

飲む人と飲まない人との支払に差を設けるという文化が生じたのは、そんなに以前のことではないような気がする。酒席での不平等を是正しようと思う意識と、「食い尽くし系」を理不尽と思う気持ちは、どこかでつながっているのだろう。

ネット情報の中ではみあたらなかったが、「食い尽くし系」の自覚者として、きっとそういう人たちはバイキングが大好きだろうと想像する。誰にも遠慮せずに、公然と食い尽くすことができるから。