大井川通信

大井川あたりの事ども

『日和下駄』(永井荷風 1915)を読み直す

大井川歩きをまとめようと思って、永井荷風を読み返す。近代文学の作家で、僕の外歩きの導き手になるのは永井荷風国木田独歩だろう。

『日和下駄』は荷風の街歩きの方法論と実践とか凝縮されていて圧巻だ。まず、荷風東京市中の散歩を、「生まれてから今日に至る過去の生涯に対する追憶の道」をたどるものだと定義する。荷風のように生まれ育った土地を歩くわけではなく、移り住んだ生活の現場を歩く場合にも、「追憶」が支えとなるというのが大井川歩きの発見だ。

さらに、「近世の文学に現れた荒廃の詩情」を味わうためにはわざわざ外国に行かなくても東京をあるけばいいのだという。ここでの「荒廃」とは、近代による世界や自然の改造を原因とするものだろう。「今日看て過ぎた寺の門、昨日休んだ路傍の大樹も此次再び来る時には必貸家か製造場になって居るに違いないと思えば、それほど由緒のない建築も又はそれほど年経ぬ樹木とても何とはなく奥床しく又悲しく打仰がれるのである」

現代の地方の郊外を歩く大井川歩きも、無残な開発に出くわして心が折れがちだ。それを「荒廃の詩情」へと昇華する精神の強さが必要だと気づかされる。

東京の荒廃を積極的に味わうために、荷風は二枚の地図を用意する。江戸時代の絵図と明治維新後の東京の絵図だ。首都東京ともなれば、過去の姿を再現する地図があるのだからそれを利用しない手はない。名もない地方の街を歩く場合、そんな資料は豊富にあるわけではない。聞き取りで自分なりに地図を作っていく作業が必要なのだ。

荷風の興味をそそるのは、表通りの立派な街路ではなくて、その間に隠れている路地である。小説家的な興味から、路地を庶民の生活の別天地として持ち上げる。自動車が移動手段として発達した現代では、歩くことがなければ路地の存在にすら気づくことはできないだろう。

閑地(空き地)と雑草に注目する荷風は、崖や坂といった地形にも興味を示す。このあたりは、現代の街歩きがようやく関心をもつようになった分野で、荷風の先見の明が光っている。

なお、当時西欧人の目を気にして貧民窟を撤去しようとする役人に対して、都市の体裁や国家の体面を気にするなら、市中のあちこちに立つ銅像を撤去せよ、と提言するのは荷風の面目躍如といったところだろう。本物の西欧を知る荷風にとっては、日本人が得意気に建てる銅像の無秩序な氾濫こそが、日本の街並みの美観を損なうものに感じられたのだろう。

 

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