大井川通信

大井川あたりの事ども

2018-03-01から1ヶ月間の記事一覧

『夏の花』 原民喜 1947

『夏の花』三部作といわれる「壊滅への序曲」「夏の花」「廃墟から」の三作を収録した集英社文庫で読む。 「壊滅への序曲」は、前年に妻を亡くして実家に疎開してきてから、原爆投下の直前までの様子を描く。時期的には最後に書かれたものらしく、作者をモデ…

山本健吉の『現代俳句』

昨年の夏ぐらいから少しずつ読んで、ようやく読了した。もとは1952、53年に出版されていて、学生時代に愛読していたのは、1964年の角川文庫版。今回は、1998年の角川選書版の『定本 現代俳句』を読み通した。 ちょくちょく拾い読みをして、面白いと思いなが…

モズのはやにえ

ベテランの天文ファンの知人がいた。その世界で実績を積んでいて、自宅にも望遠鏡のドームを作り、相当の機材をもっていたようだ。僕は、小学生の高学年くらいの時だけの天文ファンだったが、デパートで望遠鏡のカタログを集めてきて、穴があくほど見つめて…

ミサゴと謎の魚ダツ

すっかり春の海だ。ここは外海だけれども、今日は波も穏やかで「ひねもすのたりのたり」という風情だ。僕はウニの仲間の殻を集めているのだが、この季節には、不気味な宇宙人の頭骨のようなヒラタブンブクや、丸くて薄いカシパンの殻が大量に打ち上げられる…

『別れのワルツ』 ミラン・クンデラ 1973

読書会の課題図書なので、さっと読んでみる。 個性的な人物同士が、せまい温泉町の五日間に、饒舌に自己を語りながら運命的にからみあう、という小説。いかにも作り物めいた虚構の世界にぐいぐい引き込まれるのは、登場人物がそれぞれ、人間の本質の「典型」…

宇宙ロケットの引退

小学校の夏休み、アポロ11号の初めての月面着陸(1969年)を、テレビ中継で見たのを覚えている。目覚ましい宇宙開発を背景にして、当時の公園には、宇宙ロケットの姿をした遊具が設置されるようになった。大井川の周辺でも、ロケット型の滑り台のある通称…

檸檬忌に書店に爆弾を仕掛けそこなった話

とある町の古本屋に久しぶりに出かける。棚をひととおりながめて、とくに欲しい本がなかったので外に出た。そういう時、出入口からさっと姿を消すのは不人情のような気がして、店先の百円の本が並んだ箱の前で立ち止まって、ちょっと本を探すふりをする。す…

「あゆみ」 劇団しようよ 2018

枝光のアイアンシアターに久しぶりに行く。市原さんが辞めてから、行ってなかった。枝光本町商店街は健在だった。もう商店街を舞台にした芝居、とかはやってないと思うが、そういうことと関係なく、したたかに生き延びている。演劇とか、現代美術とか、ある…

生きているそのあいだ、なるたけ多くの「終わり」に触れておく

作家いしいしんじの言葉。鷲田清一の新聞連載「折々のことば」で知ったもの。 僕の実家は、動物を飼うことがなかった。庭で捕まえたセキセイインコを飼っていたことがあるくらいだ。そのセキセイインコも、僕が外でカゴをあやまって落としてしまい、逃げられ…

『お目出たき人』 武者小路実篤 1911

武者小路実篤(1885-1976)の二十代半ばの作品。付録として五つの小品を収録した出版当時と同じ内容で、新潮文庫に収められている。 手記の形をとった一人称の文体だが、実にストレートで主人公の思いを自在に、くもりなく語っている。今読んでも、少し言葉…

地下鉄サリン事件23年(事件の現場5)

1995年は、日本社会にとって大きな転換点となった年だといわれているが、僕にはそれに個人的な転機が重なり忘れがたい年になった。 1月に阪神大震災が起こり、戦後の平和な社会の中で、大都市が破壊される姿を初めて目の当たりにする。世間がまだ騒然と…

『認知症をつくっているのは誰なのか』 村瀬孝生・東田勉 2016

二年前、「よりあいの森」を見学した時、買った本。ようやく読了した。村瀬さんの講演を聞いたばかりでもあり、本の内容は、頭にしみ込むようによく了解できた。 この本を読むと、介護の問題や認知症の問題、薬害の問題がよくわかるし、それが相当に良くない…

へびゴマの謎

子どもの頃、行きつけの駄菓子屋「おっさんち」で手に入れたオモチャの中で、忘れられないのがへびゴマである。簡単なのに、その見事な仕掛けに感激したのだ。 鉄の軸にブリキの円盤がついた何の変哲もない小さなコマ。回しても何もおきない。ただし付属品の…

『箱男』 安部公房 1973

学生の頃読んだときは、初期の作品が好きだったこともあって、よくわからないという印象だった。今回は、興味をもって読み通すことができた。 手記やエピソードの断片をつなげた形になっているのだが、読み進めることで、断片が組み合わさって、明確な物語の…

学芸会的な芝居について

知り合いに頼まれて、アマチュアの劇団がカフェでやる芝居を観に行った。ふだん小劇場の芝居しか観ないが、それも久しぶりだ。そういうものだと思って観たので、とくにがっかりしたとか、面白くなかったということはない。ただ、せっかくなので、そういう芝…

『「新しき村」の百年』 前田速夫 2017

武者小路実篤、白樺派、新しき村という言葉は、文学史の知識として頭に入ってはいた。しかし、新しき村が埼玉と宮崎に現存していて、今年創立百年を迎える、という事実には驚いた。この本は、武者小路実篤の人と思想、新しき村をつくった経緯、その後の歴史…

こんな夢をみた(原っぱ)

あれ、この原っぱ、もうつぶされて家が建っているんじゃなかったっけ? 久しぶりに帰省した僕は驚いて、実家のドアを開けて母親に聞こうとする。しかし、ドアに触れるよりも前に、僕にはその答えがわかったのだ。なるほど、そうか。実家は、ずいぶん前に改築…

春が来た

何度も寒波に押し戻されながら、とうとう春がやってきた。 昨日初めて林のなかから、つっかえつっかえのさえずりを聞かせてくれたウグイスも、今朝はいくらか上手に「ホケキョー」と鳴いている。遠くのやぶから、ちょっとこい、ちょっとこい、とコジュケイの…

膝が痛い

55歳寿命説に納得していたら、それを裏付けるかのように、左ひざに今までに経験したことのないような痛みが走るようになって、日常に不便するようになった。整形外科で診てもらうと、屈伸のし過ぎなどで筋を痛めたのではないかという。思い当るのは、先週…

『消えた2ページ』寺村輝夫・中村宏(絵)1970

小学生時代に学校の図書室で読んだ物語。劣等生の友太は、妹に読んであげた童話「逃げだせ王さま」から抜けていた2ページを探すうちに、その童話の世界に迷い込んでしまう。町はずれの横穴や夜の電車が、異界への入り口となる展開は巧みだ。そこでは、わが…

中村宏の「天国と地獄」

たまった新聞をめくっていたら、いきなり中村宏の名前と見慣れたタッチの絵が目に飛び込んできて、驚いた。本当に久しぶりに彼の画集を開いたばかりの時だったので。まさか、こんな形で彼の具象画の新作を見ることができるとは思わなかった。少していねいに…

ミカンを食べる二羽のカラス

川の浅瀬に浮いていた大きなミカンを、一羽のハシブトガラスがくわえて、川べりまで持ち帰って食べ始めた。片足で動かないように押さえてから、鋭い嘴の先で打撃をくわえて穴をあけると、そこから嘴を入れて果肉をひっぱりだして食べている。なるほど、カラ…

中村宏と安部公房

安部公房の『飢餓同盟』を読みながら、中村宏(1932-)の初期の頃の絵を連想したので、久しぶりに画集をとりだしてみた。小説では、田舎町を舞台にして、動物めいたグロテスクな人物たちがうごめいて、革命や闘争が奇怪で生々しい展開を見せる。 この小説が…

ばびぶべぼ言葉の謎

ネットで検索すると、ばびぶべぼ語、もしくは、ばび語とも呼ばれているようだ。 「こんにちは」なら、「こぼ・んぶ・にび・ちび・わば」というように、一音節ごとにバ行の同じ段(母音)の音を入れて話す。国語辞典の解説では、はさみ言葉と呼ばれて、江戸時…

『飢餓同盟』 安部公房 1954

読みながら、違和感を持ち続けていた。「同盟」という政治運動のグループ(党派)の問題を扱っているのだから、おそらく60年代後半の作品とかってに思い込んでいたのだ。それにしては様子が変だ。実際には、終戦後まだ9年という時期に出版された小説だっ…

「きゃりーぱみゅぱみゅ」の言い方

6、7年前にきゃりーぱみゅぱみゅが歌手で大ブレイクした頃、名前をかまずに言う裏技がラジオなどで話題になっていた。その時、自分が気に入った二つの方法を覚えて、機会を見つけては得意になって人に吹聴していた。さすがに今では旬を過ぎているが、秘蔵…

グリコのおまけ

もうだいぶ前に亡くなった知人で、太平洋戦争の戦場で戦友のほとんどが戦死する中、生き延びた経験をもつ人がいた。彼は、残りの人生を「グリコのおまけ」と表現して、それは他人のためにささげるのだと公言していた。そこまで極限の経験がなくとも、戦中派…

『学びとは何か』 今井むつみ 2016

一読して、著者がとても誠実で優秀な学者である、というのはまるで門外漢の僕にも感じられる。新書の入門書として、とてもていねいに、わかりやすく書かれている、というのもわかる。かかれている主張も、どうみても正しいものだ。 しかし、どうしたものだろ…

『人間そっくり』 安部公房 1967

50年ほど前に書かれた本。20年ばかり前に文庫本を買って、そのまま書棚の奥に放置されていた。どういうきっかけで購入したのかまるで覚えていない。おそらくたくさん未読の本とともに、このまま打ち捨てられる運命にあったはずなのに、なぜか読まれてし…

カメラと鳥見

河口付近の枯れ木の梢で、カワラヒワがキリリと小さく鳴いている。双眼鏡で見ると、左右に首を振り向けながら、そのつど首をかしげている。可愛いのが半分、奇妙なのが半分の動作だ。何のためにしてるのか、考えながら歩いていると、望遠レンズ付きのカメラ…