1980年の10月、大学一年の時の購入した日付が入っている岩波新書。およそ40年ぶりに再読する。
少し前に、夢や希望について解説した本を読んで、その言葉のもつニュアンスを十分にすくい取れていないことに不満をもった。キャリア教育や心理学の専門家による入門書だから視野が狭いのは仕方ないかもしれない。しかし、もっと論じようがあるはずだと思い、手に取ったのは、ずいぶん以前に読んだこの本だった。
著者は精神医学者。日本における精神病理学の開拓者だという。医者として患者の精神の危機に日々直面し、新しい学問の言葉を作り上げたきた人なのだろう。人間が夢や希望というものを持たざるを得ない事態を、生きることの根本にさかのぼって、深く、しかし平明に論じていく。
比較してはいけないのだと思うが、思考者としての格が違うという感じすらした。著者が62歳で逝去する前年の出版ということもあるだろうが、人間の幼少期から晩年にいたるまでの事態を、内在的に描き切っている。
学問や理論の生硬な言葉を使うのではなく、人の生活に密着した日常語のニュアンスをとらえ返すことから始めて、具体的なエピソードをふんだんに交えてイメージ豊かに思索を展開していく。
「生きるとは、連れとともに不動の地盤の上に立ち、暗い過去を背負って、天を仰ぎながら、光にみちた未来へむかって進んでいくいとなみである」
本書の前半で、著者はとりあえず「生きること」をこう定義するが、人生の様々な場面を検討するなかで、この作業仮説をさらに掘り下げていこうとする。この時、「生きがい」を、未来のモノに向う「行きがい」と、ヒトとともにいる「居がい」とに分けてとらえる視点が重要になる。
18歳の時の自分が几帳面に引いたサイドラインや、ここがすごいという意味で加えられた矢印がほほえましい。その部分への共感ももちろんだが、老境を迎える今となっては、著者が描く晩年の心象風景や死を迎える心境がより身近になっている。
とても良い本で、古典として読まれ続けてほしい本だ。ただ、この半世紀の経過でずいぶん古びて感じられる部分もある。男女の性差、精神障害者やハンセン病患者への視点が、当時の社会的、文化的なありようを反映しているとはいえ、今から見るとあまりに断定的で配慮に欠けるように見えてしまうのだ。現在は新刊で手に入らないようだが、そういう部分で忌避されてしまうとしたら、惜しいと思う。