大井川通信

大井川あたりの事ども

2017-01-01から1年間の記事一覧

備中国分寺 五重塔

バイパスを高速で走っていると、進行方向の田園風景の中に、五重の塔の小さなシルエットを見つけて、はっとした。その姿は、近づくにつれ魅力を増し、観る者の胸を高鳴らせる。 備中国分寺の五重の塔は、広々した田園の奥の高台にあって、周囲の木々から五層…

生態系カズクン 飛ぶ劇場 2017

1997年が初演。劇団30周年を記念して、出世作となった舞台の4度目の再演だという。祖母の通夜が行われる麦山家の一室に、おじやいとこなど、親族の面々が集まってくる。おそらくは架空であるこの地域は、死者に対する扱いに独特の風習があって、死者の魂が身…

あいさつの境界線

大井川歩きのときは、すれちがう人には自然にあいさつをしている。しかし、いつでも誰に対しても、というわけではない。ある時、見知らぬ人にあいさつがしやすい状況には、ある法則があることに気づいた。 山道では、むしろ義務みたいにあいさつをする。お互…

ため池のカイツブリ(おまけ)

少し前に、NHKの人気番組で、東京井之頭公園のカイツブリの生態が紹介されていた。巣作りも、子育ても、縄張り争いも、ヒナの飛ぶ練習もアップで撮られて、遠目では気づかない表情やしぐさまでわかって面白かった。井之頭公園では、ギャラリーが集まってカメ…

聖地巡礼(Perfume編)

めったに家族サービスはできてないので、土砂降りの中でも、なんとか本場のお好み焼きを家族に食べさせたいと思った。計画性はゼロなので、ガイドブック片手に広島市内をぐるぐる車を走らせ、初めの目的地と違う「お好み焼き村」になんとかたどり着く。しか…

聖地巡礼(黒住・金光編)

黒住教の本部は、岡山市郊外にある。桃太郎で有名な吉備津神社に近い小高い山の上だ。中腹の駐車場に車をおいて、教団の施設の脇の石段を登っていくと、深い森の中に大きな神殿があった。多くの信者が集えるように内部は広く、縁と軒が大きく四方に張り出し…

親と子

この春から長男が新しく住むようになった街へ、親子三人で長距離ドライブをした。マンションの部屋や勤め先を見たり、近所の観光地を家族四人でぶらぶら歩いたりする。 僕がかつて東京から千キロ離れた街で一人暮らしを始めたときにも、両親は訪ねてきた。だ…

里山の恐怖(その2)

ヒラトモ様のことは、村のお年寄りからの聞き取りと、幕末以来の文献で、薄皮をはぐようにわかってきた。それとともに恐怖の気持ちも薄らいできた。 おそらく事実はこうだ。初めは、時代のわからない武人の墓が山頂にあるだけだった。幕末に村人が盗掘のタタ…

村里の恐怖

ムツ子さんは、大井村で庄屋を務めた旧家にお嫁に来た。屋敷の裏手には、大きな銀杏の木があり、根元に扁平な大きな石が立ててある。イシボトケ様と呼ばれ、先祖の山伏をまつっているという。冬になると、銀杏はすっかり黄色い葉を落とし、それが屋敷の前の…

里山の恐怖

『荒神』には実際の山村のリアリティや怖さが描かれていないと書いた。大井川近辺での体験から、それを拾い出してみる。 もう3年以上前のことだ。半世紀前に出版された地元の郷土史家の聞き書きで、大井村の里山にヒラトモ様という神様が祀られていることを…

荒神 宮部みゆき 2014

今年になって文庫化。恐ろしい山の神がもたらす災厄を江戸時代の山村を舞台に描いていると聞いて、ふだん手にしない人気作家の長編を読んでみた。おそらく娯楽小説としてよくできていて、とくに結末に向けてどんどん物語にひきこまれた。ただ、読書の関心が…

佐藤武夫と幻の塔

佐藤武夫(1899-1972)は、母校早稲田大学の大隈講堂(1927)の設計で建築家の仕事を開始する。キャンパスの外に少し斜めに構えて建つ講堂と、その左端にそびえる大振りな時計塔。その非対称で明快な姿を僕は気に入っていた。地元の県立美術館も彼の設計で…

ごん狐 新美南吉 1932

初めに読んだのは教科書だと思うが、久しぶりに手に取った。今でも小学校の教科書の定番である。国語の授業では、主人公の心理を読み取ったり、物語の形式を意識したりすることが中心のようだが、ここでは、「大井川歩き」あるいは「なぞり術」的な読みを試…

ため池のカイツブリ(その3)

ため池の底に一羽取り残されたカイツブリのヒナは、翌日もまだ水たまりにぽつんと浮かんでいた。浅瀬に首を伸ばして、くちばしで何かをすくい取るようにして泳いでいる。双眼鏡でのぞくと、オタマジャクシがうようよいる。元気そうなので、ひとまず安心した…

黒住教祖逸話集 河本一止 1960

「教祖様の御逸話」(これが正式書名)として、昭和14年から19年まで連載されたものを戦後に教団が発行したもの。もう10年ほど前になるが、大井川流域の石祠クロスミ様の由来を調べているとき、名前が似ている黒住教の遠方の教会所に飛び込みで訪ねたこと…

槻田アンデパンダンー私たちのスクラップ&ビルド展 2017

僕の住む町から遠くない工業都市では、古い木造の市場を見かけることができる。アーケードのかかった商店街ではなくて、入口には市場の名称を掲げた木造校舎みたいな大きな構えの建物の中に、細い路地のように通路が走り、いろいろな店が並んでいる。今のシ…

なぞり術/聞きなぞり 石野由香里 2017

知人の住む旧旅館で開催された「聞きなぞり」の実演に参加してみた。 座敷に座った若い女性が、しずかに老女になったかのように体験を語り始める。これは一人芝居なのではなく、彼女が実在の語り手の話を聞きこみ、それをそのまま再現しているのだという。パ…

元号ビンゴ(その3)

近所の小さな公園の隅に、古い石の祠があるのは前から気づいていた。鍵付きの金網のフェンスで囲われて、大切にされてはいるのだろうが、味気ない気もする。元号ビンゴの精神で目を凝らすと、ボロボロの石壁に文久三年の文字が浮かび上がる。新しい元号では…

ため池のカイツブリ(その2)

久しぶりの大雨で、水抜きされたため池の底の水たまりも、倍くらいの大きさに広がって安心した。しかし二日もすると、もとの大きさに戻ってしまう。さらには、小さいながらも楽しい我が家というふうに水たまりの真ん中に浮かんで、エサ取りの潜水をくりかえ…

『アジア辺境論 これが日本の生きる道』 内田樹 / 姜尚中 2017

内田樹の本を久しぶりに手に取った。 相変わらず、鮮やかな指摘(グローバル化で、自由という概念が「機動性」に改鋳された等)にうならされる一方、言葉の失速を感じる場面も多かった。 随分前、内田樹が中年過ぎて、学究と子育ての生活から論壇にさっそう…

ガクエン退屈男 永井豪 1971

子どもの頃読んで、忘れがたかった漫画。そう話したら、友人が貸してくれた。 1960年代後半の学生の反乱が、70年代に入り、あらゆる学校の広がり、教師が武器をとって学生を鎮圧し、学生ゲリラたちが解放のために戦う時代となる。文字通りの殺しあいであり、…

ため池のカイツブリ

数日前からため池の水がみるみる少なくなり、もう真ん中付近に大きな水たまりが残っているだけになった。カイツブリの夫婦の姿は見えなくなったが、今年生まれたヒナ4羽は、日に日に小さくなる水面にポツンと取り残されている。カイツブリは成鳥でも飛ぶの…

高階杞一詩集 ハルキ文庫 2015

1951年生まれの詩人の15冊の詩集からのアンソロジー。今では小学校の教科書にも載っている。平明な言葉で、素直な感情のひだをやさしくうたう。もちろん食い足りない人はいるだろうが、それが彼の選択した「詩」なのだろう。 僕は、突き抜けた設定で飄々と押…

アメリカ人はどうしてああなのか テリー・イーグルトン 2017

原書は2013年にアメリカで出版、原題は『大西洋の反対から-ある英国人のアメリカ観』というちゃんとしたもの。著者はイギリスの高名な批評家だが、読んだのは初めてだ。 ここにくだけた調子で書かれている内容は、日本ではおそらく西欧文化論とかポストモダ…

原っぱ

東京郊外の僕の実家の隣には、雑木林の空き地があった。そこを原っぱと呼んで、生活ゴミを燃やしたり、キャチボールや木登りや栗拾いをしたり庭がわりに使っていた。 付近の空き地は瞬く間に住宅に埋め尽くされたが、原っぱだけは、家々の隙間に何十年も残り…

元号ビンゴ(その2)

新たな目標ができたので、出勤前の短い時間で、近隣を回る。オオイ区の村社では、壊れかけた常夜燈に「寛政」の年号を見つけ、観音堂脇の石塔には「明和」の文字が。これは以前のコミュニティだよりの記事で、「明治」と読み間違えて紹介されていたもの。早…

江戸の元号

江戸時代の元号は36個ある。 以前から順番に暗記しようと思っていて、近ごろようやく覚え始めた。それと同時に、これも前から構想していた、大井川歩きの中で江戸の元号のコンプリートを目指す、という新しい遊びを始めることにした。いわば、路傍の元号を…

観光客の哲学 東浩紀 2017

とてもいい本だった。 リベラリズム、ナショナリズム、グローバリズム、そして観光客。キーワードは少ないが、論述は驚くほどていねいだ。 数少ない精選された概念で世界のリアルな見取り図を描くという、言うは易く行うは難い現代思想の課題をあっさり果た…

オオスカシバ

数日前、自宅の駐車場で、オオスカシバの姿を見た。すぐに隣家の庭に消えてしまったが、透明な羽に黄色の太い胴体が目に残った。高速で羽ばたいてホバリング(空中停止)もできるから、蜂のようにみえるがスズメ蛾の仲間だ。 実家の庭には、クチナシの垣根が…

オニヤンマ

七月になってから猛暑が続き、早朝でないととても散歩などできなくなった。朝6時過ぎに家を出て、クロスミ様の鎮座する里山をこえて、モチヤマの集落に入る。 小川沿いの田舎道で、いきなり大柄な誰かに出くわしたと思ったら、オニヤンマだった。 八木重吉…