大井川通信

大井川あたりの事ども

2020-07-01から1ヶ月間の記事一覧

『闇の左手』(つづき)

古い小説を読む楽しみは、書かれた当時の世相や価値観を知ることにもある。当時の社会と向き合う作者の想像力の戦いを、時間を隔てた今の時点で再度とらえなおすという面白さがある。 これは、SF小説でも同じだろう。作者の未来構想は、当然ながら執筆当時の…

みんなちがって、みんないい

金子みすゞの詩「私と小鳥と鈴と」の一節から、有名になった言葉。 やさしい詩だけれども、ここでいう「ちがっていい、みんな」とは、私という人間と、小鳥という生き物と、鈴というモノであることに注意を要する。これを単なる比喩とみなすから、学校で人権…

『闇の左手』 アーシュラ・K・ル・グィン 1969

課題図書で読む。自分ではまず手を出さないSFの名作を読めるのも、読書会のありがたさだ。とはいっても、あまりSFらしい作品ではなかった。 ずっと未来の地球からずっと離れた惑星が舞台で、そこに住む人類の文明の状態は、さほど発展していない。惑星では、…

カラスの羽づくろい

通勤途中のコンビニで、車を停めて昼食のサラダを買う。コンビニに近づいたとき、街道のわきに広がる田んぼの電線に止まった二羽のカラスが目に入った。 過去にも、別の場所で、いやに仲良く寄り添うように並んでいるカラスを見たことは何度かあって、ほほえ…

『思索と体験』 西田幾多郎 1914

岩波文庫の新刊で西田幾多郎(1870-1945)の講演集が出ていたので、手に取って買おうとしたが、家に西田の読み残しの本が何冊もあることに気づいて思いとどまった。それで初期の論文集『思索と体験』の岩波文庫版を読んでみた。読み通したのは、今度が初め…

『金子みすゞ名詩集』 彩図社文芸部編纂 2011

つういと燕がとんだので、/つられてみたよ、夕空を。 そしてお空にみつけたよ、/くちべにほどの、夕やけを。 そしてそれから思ったよ、/町へつばめが来たことを。 (「つばめ」) 金子みすゞ(1903-1930)の眼はまずは正確に物事をとらえ、手はそれを正…

『生き心地の良い町』 岡檀 2013

全国的にみて自殺率の極めて低い四国の小さな町を調査して、「自殺予防因子」を見出した自らの研究をわかりやすく解説している。著者の真面目さ一生懸命さは伝わってくるのだが、僕にはよみにくい本だった。 ここでの研究の成果というものは、いかにもそうい…

河童忌の一日

昨年は、いろいろな作家の忌日を意識して作品を読むきっかけにしたが、今年はすっかり忘れていた。子どもの頃から頭にあった河童忌になって、ようやくそれを思い出した。 月曜の朝から左ひざが痛くなり、翌日には足をひきずるようになって、数日間安静にして…

ゴーストハウスの神様

小泉八雲の「生神」(原題は「A Living God」)というエッセイを読む。 村人を津波から救い、生きているうちに神様としてまつられた村の長者のエピソードがメインなのだが、前半は、神社論になっていて、それがとても面白い。 まず、神社の建物について、そ…

親子の刻印

新聞を見ていたら、山家悠平という女性史研究家のインタビュー記事が出ている。山家には「やんべ」という読みが振ってある。比較的珍しい名字だろう。そこに悠という、これまた個性的な漢字が並んでいる。すぐにピンときた。 僕が20代の頃、地域活動で印象に…

こんな夢をみた(ガス爆発)

夢に色があるかどうか、という問いがあるようだが、僕は特別に意識したことはない。色がはっきりしないだけでなく、映像も少しぼやけている夢が多い気がする。あえて言えばモノクロかもしれない。どうせ見るなら、もっとはっきりした夢をみたい、と思ってい…

『機械』 横光利一 1930

読書会の課題で読む。僕の中では、横光利一(1898-1947)には芥川に続く知的な作家のイメージがあって、いつかしっかり読みたいと思っていた。それで、今回新潮文庫の短編集を読み通したけれど、どれも面白かった。読書会に感謝。 しかし、その中でも『機械…

フクロウの顔

津屋崎玉乃井に出向くと、安部さんの従兄の人がいて、安部さんの容体がよくないという。暗然として家に戻る。安部さんの大学時代の同人誌仲間の宮田さんに電話を入れる。 夕方、ヒメハルゼミの鳴き声を聞くために、大井の集落へ下りる。鎮守の杜では、目当て…

一喜一憂

妻が某モールの広場で手芸品を出店するので、その待ち時間、某地方都市に久し振りに出かける。新型コロナの感染の影響が続いている街なので、自然と足が遠のいていたのだ。 開店前から少しだけ並んで、名物の肉焼き飯を食べる。35年前から知っている道沿いの…

『国土の変貌と水害』 高橋裕 1971

令和2年7月豪雨と命名された大雨災害が続いている。先日、電車が遅れているため、次男を勤務先まで迎えにいくために、遠賀川の堤防の上の道路で車を走らせた。水かさが増して堤防の上部に迫る濁流の水面は、堤の反対側の街並みよりも明らかに高くなっている…

『「忙しいのは当たり前」への挑戦』 妹尾昌俊 2019

妹尾さんの本を読むのは二冊目。『教師崩壊』は、一般の人向けに教育界の問題点を啓蒙する本だったが、これは「学校の働き方改革への教科書」というサブタイトルのとおり、現場の教師が実際に使える、現状を変えるためのマニュアルとなっている。 従来の教育…

天邪鬼とヒメハルゼミ

職場の窓の外のセミたちの声も、クマゼミとアブラゼミが主力になり、それにニイニイゼミが混じるようになった。自宅の庭で見つけるクマゼミの抜け殻も、10個を数えるようになった。はやく、あのセミを聴きにいかなければ。 小説家のポーが、人間の本質は「天…

目羅博士vs.海野十三

海野十三(1897-1949)の短編集を読んでいたら、ここにも目羅博士に挑戦するかのように、人間の模倣欲望をたくみに利用した犯人がいた。残念ながら名無しなので、ライバルとしては作者の名前を借りることにする。 海野十三は、僕が子どもの頃、江戸川乱歩が…

死と自然

僕は村の賢者原田さんのことを「世界的」宗教家だと思っている。世界的なカトリック神父押田成人の弟子だったという経歴からの半ば冗談だし、実は原田さんは師匠のことをあまり評価していない。 世俗の中で、純粋な宗教的感性を維持することはとても難しい。…

犬も歩けば棒に当たる

小雨の中、午後から住宅街の丘を降りる。子犬を連れたお年寄りと行き違う。猫を飼うようになってから、小動物が可愛くてしようがないので声をかけると、ボストンテリアとのこと。ブルドックじゃないのか。 久し振りに村チャコに行くと、村の賢者原田さんと助…

「玉乃井展」を観る

安部文範さんは、毎年のように自宅である旧玉乃井旅館を開放して、現代美術展を開催してきた。僕も十数年前に、玉乃井での美術展の企画に参加して、貴重な経験をさせてもらっている。複数の作家が、旧旅館の各部屋を使って、それぞれの作品を展示するのがふ…

夢野久作の息子さんです

僕の妻が子どもの頃、ボーっとしているとき、「ゆめのきゅうさくのごたる」(夢の久作みたいだ)とよく言われたことは前に書いた。今度は、安部さんから聞いた話。 安部さんの知り合いの人が、昔、夢野久作の三男である参緑(さんろく)さんを自宅に招いたと…

山懐の斎場にて

ようやく雨が上がったので、コロナ禍のステイホームですっかり重くなった身体を引きずって、大井川歩きに出る。大井川の水かさも増して、流れの勢いも強い。散歩中、小さな水路からもドクドクと水音が響いていて、一歩間違えれば大きな水害をまねく国土であ…

セミの季節

5日ばかり前に、職場の窓の外の林から、不意にセミの鳴き声が聞こえてきた。 一年ぶりの出来事だから、まだカンが戻らず、というかそもそもセミに真剣に向き合ったのは去年が初めてだったので知識が身についていなくて、何のセミの声なのかはわからない。翌…

『校長という仕事』 代田昭久 2014

東京都の公立中学校和田中で、有名な藤原和博氏のあとを受けて、同じリクルート出身者として二代目の民間人校長となった著者の体験記。ビジネスマンが、学校という異世界で何を感じ、どんな試行錯誤をして成果をあげたのかを、外部の人間向けにわかりやすく…

『教育委員会』 新藤宗幸 2013

学生時代に公民館で地域活動をしているときに、仲間で市の行政の仕組みを勉強しようということになって、教育委員会の制度について図解で説明されたのが印象に残っている。正直、よくわからなかった。 市の教育に関する施策を決定しているのは教育委員会だと…

ある元教師の話

休日の午後、津屋崎に出かける。地域のセンターで、地元の山笠についての展示がある。コロナ禍で今年は中止らしい。 もう20年以上津屋崎に出入りしているが、地域のお祭りについて関心を持ったことはなかった。漁業、商業、農業を基盤とする三つの地区がそれ…

家庭盤の話

それでは、いろいろなボードゲームが全盛だった子ども時代に僕の家にあったゲームといえば、家庭盤だった。それしかなかった。しかし、それをずいぶん楽しく遊んだ記憶がある。姉弟や、親せきの子どもたちや、友達と。 家庭盤は、両面を違ったゲームが印刷さ…

レーダー作戦ゲームの話

軍人将棋は、いかにも戦前の旧日本軍のイメージを引きずったものだったが、もっとスマートな軍事ゲームも流行っていた。 魚雷戦ゲームは、海面に見立てたプラスチック板の両端に敵味方の軍艦を並べ、交互に発射するパチンコ玉のような魚雷が半透明の板の下を…

軍人将棋の話

将棋盤と駒をひさしぶりに取り出してみたら、同じ場所に軍人将棋の駒がしまってあった。厚紙の箱のフタには、昔風のロケットや戦車の絵が描かれていて、うらをかえすと手書きで70円とある。 昔は小学校の校門の近くに小さな文具店があって、この軍人将棋はそ…